

お客様の声
| ゲスト | 有限会社 浅沼鈑金工業所 代表取締役 浅沼 勝徳 氏 住所:岩手県盛岡市下飯岡12-40 |
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| 聞き手 | ビルトマテリアル株式会社 岩手営業所 冨岡 弥 |

岩手県盛岡市。北東北の峻烈な冬、叩きつける地吹雪。この厳しい気候風土の中で、創業60年の節目を迎えたのが「有限会社 浅沼鈑金工業所」だ。二代目・浅沼勝徳社長は、岩手県板金工業組合の理事長を7年にわたり務め上げ、現在は全国鈑板工業組合の東北ブロック理事も務める。その卓越した技術と「和を以て貴しとなす」リーダーシップで、東北の板金職人から絶大な信頼を寄せられる業界の重鎮である。
しかし、その穏やかな笑みの裏には、激動の時代を生き抜いてきた叩き上げの経営者としての「凄み」がある。「職人を食わせるためなら、何でもやる」。そう断言する浅沼社長と、メーカーであるビルトマテリアル(以下、BMC)との出会いは、意外にも「決裂寸前の酷評」から始まった。
かつて「最低だ」と切り捨てられた屋根材『GMルーフ』が、なぜ今、浅沼鈑金工業所の施工現場で「これじゃなきゃダメだ」と言わしめる主力へと昇華したのか。20年にわたる信頼の軌跡と、次世代へ繋ぐ「鈑金」の誇りを深掘りする。
浅沼社長、本日はお忙しい中ありがとうございます。創業60周年、本当におめでとうございます。浅沼社長は10代の頃から、ずっと現場を支えてこられたのですよね。
いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます。私は高校を出て19歳で親父の会社に入りました。現場の仕事は楽しくて夢中になりましたが、27歳の時に親父が体調を崩しましてね。翌年から、思いがけず経営の方も預かることになったんです。当時は右も左もわからず、特に手書きの帳簿や伝票には本当に苦労しましたよ(笑)。
20代での事業承継は、大変なご苦労があったかと思います。55年間もの長い間、情熱を絶やさず続けてこられた秘訣は何でしょうか。
秘訣なんて大層なものはないですよ。ただ、一時は住み込みの職人も含めて10数人の仲間がいましたから。「みんなの食い扶持をつくらなければならない」、その一心でした。家族同然の職人たちの生活を守る責任感、それだけが私を動かしてきた原動力なんです。
その責任感が、今の浅沼鈑金工業所様の「お客様の困りごとにはまず応える」という誠実な姿勢に繋がっているのですね。
ありがたいことに、そう言っていただけることもあります。私は「まずやってみる」ことが大切だと思っているんです。難しいご相談でも、最初から「できない」とお断りするのではなく、どうすればお役に立てるか知恵を絞る。屋根だけでなく壁も、時には昔の煙突掃除まで。そうやって「まず動く」ことで、新しい発見や技術が身についていく。職人は一生勉強ですから。

浅沼社長は、岩手県板金工業組合の理事長を長年務められ、現在は東北ブロックの理事も務められています。若くして青年部や親会のトップに推薦された背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
私に務まるのかと自問自答の日々でしたが、周りが推してくれたのは、おそらく私が「敵を作らない」ということを信条にしていたからかもしれません。
「敵を作らない」というのは、言うは易く行うは難しだと思います。
これは意識的にやっていることなんです。どんなに厳しい状況でも、常に前向きで、笑顔でいる。不平不満を言ったり、誰かを攻撃したりしても、良い仕事は生まれませんから。特に組合のような組織では、色々な立場の人がいます。そこで「和」を保ち、全員が同じ方向を向くためには、リーダーがまず笑顔で、誰に対しても心を開くことが不可欠なんです。
その「常に前向きな笑顔」があったからこそ、荒くれ者の職人衆(失礼!)も、浅沼社長の元に集まってきたのですね。

そんな温厚な浅沼社長が、かつて弊社の『GMルーフ』に対しては「サイテーだ」と非常に厳しい評価をされたと伺っています。
ああ、あの頃のことですね(笑)。20年ほど前でしょうか、ハウスメーカーさんの指定で初めて使わせていただいた時は、正直に申し上げまして、現場で「これは大変だぞ」と頭を抱えたんです。ハゼ(接合部)が硬くてサイズが合わず、なかなかうまく収まってくれなくて。職人たちからも「これじゃ仕事が進まない」と総スカンでしたよ。
その節は、多大なご苦労をおかけいたしました。しかし、そこから今の信頼関係に至るまでには何があったのでしょうか。
笑顔で対応していても、仕事の質には妥協できませんからね。でも、そこからのBMCさんの対応が本当に嬉しかった。皆さんは私たちの「もっとこうしてほしい」という現場の声を、逃げずに真剣に聞いてくださった。開発担当者が何度も岩手まで足を運んで、私の厳しい指摘を一つひとつメモして帰る姿を見て、「この人たちなら信じられる」と思ったんです。
現場の声を製品に反映させるのが、弊社のアイデンティティですから。
改良された「2号機で加工されたGMルーフ」が届いた時は、職人と一緒に驚きましたよ。「足で軽くトンと合わせるだけで、スッと入るようになった」ってね。メーカーが現場に寄り添って、一生懸命改良してくれた。その誠実さを感じたからこそ、今では安心してお任せる「最高の相棒」になったんです。

(GMルーフ・カタログ抜粋)
現在、浅沼社長が現場で「他社製品とは一線を画す」と感じてくださっている、GMルーフの具体的な強みについて教えていただけますか。
大きく分けて4つありますね。これは現場を任されている親方衆なら、使えばすぐに「なるほど」と分かる部分です。
まず一つ目は、施工のスピードです。定尺横葺きはリズムが大事なんですが、GMルーフはジョイント部に一人、その反対側に一人という布陣で進める「ビス仮打ち」と「本打ちとジョイント」の一連のサイクルが、他の製品より格段に速い。ハゼの通りが素直だから、リズム良く次々と進んでいく。これが一日の施工面積に大きな差を生むんです。
二つ目は、BMCの特許である「ウォーターガード構造」の返しですね。これがあるおかげで、かん合部が吸い込まれるように入りやすい。さらに驚くのは、かん合部の裏側が斜めにカットされていること。この一工夫があるだけで、一枚目とかん合が重なる際のスムーズさがまるで違う。「すげーな」と現場で声が出ますよ。
三つ目は、ハゼの厚みのバランスです。厚すぎると後から外れるし、薄すぎると入らない。GMルーフは商品設計がとてもしっかりしていて、一度噛んだら離さない強さと、スッと入る許容範囲の広さが両立している。「手の感覚」にこれほど馴染む製品は珍しい。
そして四つ目、ジョイント部に特許である「水が切れる折り返し」を入れている点です。ただ重ねるだけでなく、構造として水を切る。岩手の地吹雪にも耐えうる、物理的な止水構造があるかないかは、10年後の信頼に直結します。

(GMルーフ・施工マニュアルより抜粋)
今はご子息や甥御様も現場に入られ、次世代への継承も着実に進んでいらっしゃいますね。
おかげさまで。私は口下手ですから「教育」なんてできませんが、前向きに働く姿を黙って見ていてくれているようです。最近は私が行かなくても、若い社員がお客様と笑顔で話し、現場を立派に収めてくれる。彼らにも「この仕事をしていて良かった」と思える環境を作ってあげたい。
最後に、弊社への期待をお聞かせください。
これからも、現場の声を吸い上げた「本物の製品」を届けてください。岩手の私たちが大切にしている「鈑金」という文字には、「金偏(かねへん)」が入っています。これは、金属を扱う職人たちの誇りの証なんです。BMCさんには、これからもその誇りを支えてくれる良きパートナーでいてほしい。
浅沼社長の笑顔と「金偏の誇り」、私たちも全力で支え続けます。本日はありがとうございました。
終始、穏やかな笑顔で対談に応じてくださった浅沼社長。しかし、GMルーフの細かな設計に言及する際の眼差しは、鋭い「職人の目」そのものでした。 「サイテーだ」という酷評から始まった20年前。その声を無視せず、特許技術へと昇華させてきたBMCの歴史は、浅沼鈑金工業所様という厳しくも温かいプロの存在なしには語れません。 カタログの美辞麗句ではなく、現場で「足でトンと叩けばスッと入る」というリアリティ。その一瞬の施工性のために、私たちはこれからも職人の手の感覚を形にし続けていきます。
(取材・構成:ビルトマテリアル株式会社 成長戦略室)
施工事例
場所:岩手県
商品:GMルーフ

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